We don't need it

悲劇とは一体なんなのか。
私たちに知る必要はない。知る必要があってはいけない。
ーーーーーーーーーーーー
 一年前の様に花畑で彼を待っていると、連続した銃声が彼の邸宅の方から聞こえた。全身から血の気が引いた。私は、風に吹き飛ばされた帽子にも、荒々と足下に咲く花々にも気を止めずに銃声の方まで走り続けた。
 彼は花畑に続く邸宅の庭園でうつ伏せになっていた。血が滲み出る彼の周りを、拳銃を持った彼の使用人たちが囲っている。そして、私に気づいた彼らはこちらを向いて何やら呟いている。
「駄目だ…逃げてくれ…」
 彼のか細い声が私の心臓に響く。どうしたらいいのか、何が起きているのかまだ分からない。ただ、彼が私に逃げろと言っている。逃げなくては。私はまた走った。今度は花畑に向かって。涙が止まらなかった。頭の中がぐちゃぐちゃにこんがらがっていて、心臓がドクドクとうるさい。涙で前がよく見えない。
 パァンッと銃声が空に響くのが聞こえた。私はいつの間にか倒れこみ、花々を赤く染めていた。